なぜ遊びに旅をチョイスするのか

 放置してたブログを連日更新するという荒業。まあでも某ジンのための材料あつめ。

 なぜ遊びに旅をチョイスするのか。休みが出来たらなぜ旅、遠足に出かけるのか。

 それは「偶然性、偶発性が高いところでの出来事に楽しみながら対処していく刺激」を求めてるのだと思う。

 いやなぜこういうことを考えたのかというと、楽しかったGWから日常に戻るとなぜ「つまらない」のかとふと思って。あーこの生活がまた続いて行くんだ、と思うと本当思うところがあった次第でして。

 じゃあ仕事をしながら楽しむためには、自分が「偶然性、偶発性が高いところでの出来事を楽しみながら対処していく」仕事を見つければいいのではないかと。もしくは今の仕事をそういうふうに捉えることが出来ればいいのではないかと。
 まあでも「楽しみながら」というところがミソというか、いや既に「楽しみながら」と言ってしまっているので身も蓋もないのだが、ただ、そういうふうに仕事のある日々が送れればそういうことなのかな、と。

 仕事の目的はもちろんお金だが、それが全てになってしまっては本当に味気ないと思う。ギャンブルやる奴に「生活に困らないくらいお金やるからギャンブルやめろ」と言ってもそいつはその金を握りしめてまたギャンブルに出かけて行くだろうし、いちご狩りに出かけようとしている人に「いやいちごあげるからいちご狩り行かなくていいよ」と言えば、その人は怒りだしてしまうだろう。「いやそういう問題ではない」
 人は過程のところで「偶然性、偶発性が高いところでの出来事に楽しみながら対処していく刺激」を求めて動いているのだと思う。だから仕事もきっとそうだ。「お金やるから働かなくていいよ」というのは、何か決定的に間違っているのではないか、と。寝よ。

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